英国パントマイムはちょっと特別!? He’s Behind you!

11月に入り、スワン&ライオンではもうすぐやってくるクリスマスシーズンに思いを馳せています。ミンスパイやクリスマスプディング、ローストターキー、クランベリーソース……! 1年でいちばん好きな季節です。今月のニュースレターのテーマについていろいろ考えてみたのですが、さまざまなアイデアを検討した結果、自分が子どもの頃に過ごしたイギリスでのクリスマスの思い出が蘇るようなトピックに行き当たりました。とってもイギリスらしい、かなり風変わりな伝統行事「Pantomime theatre パントマイム・シアター」略して「Panto(パント)」です。みなさんご存じでしょうか? イギリス人にとって、パントはこの季節の恒例行事。ただ、馴染のない方にとっては、ちょっと奇妙に映るかもしれません。俳優サー・イアン・マッケランの言葉を借りれば、「パントマイムが何であるかは、クリケットのルールを説明するようなもの」。 つまりは、説明がむずかしい。おもに子ども向けの演劇で、クリスマスの数週間前から始まって年明けまで公演されます。けれども、その趣は他の演劇とはずいぶん異なります。

ブリストルで育った私は、街の中心にある1912年に建てられた美しい劇場、ブリストル・ヒッポドローム劇場に、家族で何度もパントを観に行ったものです。

また、まったく劇場の規模が違いますが、1970年代にはデボンの奥地にある人口600人足らずの小さな村タラトンの村役場で、兄とリチャード叔父さんとでパントを観たのを覚えています。

Talaton Village Hall

パントマイムとは、文字通り「あらゆる種類の」「真似る人」(panto-mime)を意味し、ギリシャ語のpantomimos(パントミモス)に由来します。イギリスのパントマイムの歴史は、16世紀にイタリアで生まれた即興喜劇コメディア・デラルテ(Commedia dell’Arte)に始まります。17世紀には、「ハーレクインとその仲間たち」(スカラムーシュ、パンタローネ、ピエロ、パリアッチ、恋敵のコロンビーナ)が、即興でコミカルな物語を作り、歌って踊って戯れながらヨーロッパ各地を駆け巡りました。18世紀初頭には、コメディアの登場人物がロンドンの舞台でも起用されるようになり、古典的な物語をベースに、音楽に合わせて台詞のないパントマイムが作られるようになりました。1732年、踊るけれど言葉は発しない初期のハーレクインとして最も有名なジョン・リッチが、その摩訶不思議なパントマイムの収益でコヴェント・ガーデン劇場を建設しました。リッチはまた、ハーレクインとコロンビーナの恋人たちの物語を伝えるコミカルな追跡劇「ハーレクイナード」も創作しました。ハーレクイナードは、音楽ともりだくさんのドタバタ劇で展開され、約100年にわたってパントマイム界の王道となったのです。ちなみに、身体を使った道化的な喜劇を意味する英語の「slapstick ドタバタ劇」は、このジョン・リッチ演じる主人公ハーレクインが、木製バットで蝶番のついたフラップを叩き倒して舞台の風景を変えたことから生まれた言葉だそうです。

John Rich as The Harlequin circa 1720

かつて、公演における話し言葉の使用は、劇場の権限によって制限されていました。けれども1843年に制定された劇場法によって、この制限が撤廃され、王立特許を持たない劇場でも、純粋に台詞だけの劇を公演できるようになりました。おかげで気の利いたダジャレや言葉遊び、観客参加型のパフォーマンスがパントマイムのレパートリーにも加わって、ビクトリア朝時代には、現在のようなパントへと発展していったのです。

現代のパントマイムはクリスマス時期に公演されますが、その題材はピーターパンやアラジン、シンデレラ、眠れる森の美女など、よく知られた童話がほとんど。都市の劇場に限らず、イギリス各地の村々で公演があります。プロによる豪華な舞台はもちろんですが、地元のアマチュアによる演劇作品であっても、パントマイムには多くの観客が集まります。また、このパントでは、観客の参加が非常に重要な要素。観客は、悪役が登場するたびにブーイングをしたり、貴婦人(いつも男性が演じます)と口論したり、悪役が後ろにいるときは「後ろにいるぞ!」と叫んでプリンシパルボーイ(主役の男役を演じる女優。少女が演じる場合も)に警告したりするのです。この舞台と観客が一体となる公演スタイルは、子ども心にとても楽しかったのを覚えていますが、一方で、舞台上に連れ出されるのではという恐怖も、つねにありました。ステージに上がる人を決めるとき、私はいつも椅子を低くして隠れていたものです。ラッキーなことに、一度も選ばれずに済みました!

“ドタバタ劇である”という点も、英国パントマイムの重要な要素です。カスタードパイを投げたり、男性が演じる“醜い姉妹”が倒れたり、着ぐるみをまとった2人が演じる動物など、たくさんのおかしな衣装が登場します。そんなわけで、今月のレシピは「カスタードパイ」です。パイ投げのドタバタコメディがお好きな方はチェックしてみてください。もちろん投げても大丈夫(笑)。動画もぜひ参考にして楽しんでください。

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パントマイムの舞台のエンディングは、いつも決まっています。必ず悪役が倒され、真の愛によってすべてが克服され、みんなが幸せに暮らせるようになるのです。

さて、ではパントマイムの魅力とは一体何でしょう? ユーモラスな歌や特殊効果だと言う人もいるでしょうし、観客が参加できるところだと言う人もいるでしょう。出入り禁止にならずに、大声で役者に向かって叫んだりできるのも、その魅力でしょう。

もちろん意見はさまざまにあるわけですが、パントマイムはあの貴婦人が登場しなければ成立しません。演じるのはつねに男性俳優。大げさなヘアスタイルに道化師のようなメイク、派手でカラフルな衣装で演出されます。パントマイムに登場する貴婦人は、すべてがかなり“大げさ”なんですね。

服装だけではありません。貴婦人の演技もメロドラマ的でやっぱり大げさ。温厚で母性的なキャラクターであることもあれば、観客を舞台に引っ張り出すための邪悪な敵役だったりもします。

1660 年に君主制が復活し、チャールズ 2 世が王として即位するまで、舞台の場は女人禁制だったため、イギリスの演劇史においては男性が貴婦人を演じてきました。

ではここで、歴代の有名な貴婦人たちをご紹介しましょう。

そして、物語中のロマンチックなヒーロー「プリンシパルボーイ」を演じるのは若い女性である、という点も、イギリスのパントの伝統。男女の配役を入れ替えるという仕掛けは、ヴィクトリア朝のパントマイムの主流でした。1837年には、女優のルーシー・イライザ・ヴェストリスが、オリンピック劇場で『長靴をはいた猫』で男役を演じています。女性がロング スカートで脚を隠していた時代に、ショート パンツやタイツでの演技はきわどいと見なされていましたから、こうした男女逆転の演出が作品の興行収入に大きく貢献しました。

しかしこの演出の伝統は、時代によって好みがだいぶ変化したようです。第一次、第二次世界大戦中は女性演じるプリンシパルボーイが人気でしたが、1950年代には男性がこの役を引き継ぐようになりました。そして1960年代から1970年代にかけては、また逆に。現在はというと、イギリスにおける大規模な商業パントの多くは、テレビ俳優やポップスターなど、ハンサムで若い男性をロマンチックなヒーロー役に起用しています。

The Princesses Elizabeth and Margaret starring in a Windsor Castle wartime production of the pantomime ‘Aladdin’. Princess Elizabeth, played Principal Boy whilst Princess Margaret played the Princess of China.

もうひとつ、パントに欠かせないのが「パントアニマル」というしゃべらない動物キャラクターです。いちばんポピュラーなのは馬。2人の役者が着ぐるみで演じます。その他にも、ロバや牛、シマウマ、ラクダなど、物語によってさまざまな動物が登場します。パントマイムに登場する動物はしゃべりませんが、合図がかかれば動物の鳴き声を出したり、踊ったりしなくてはなりません。舞台照明による暑さを考えると、かなり大変な演技でしょう。英語ではときどき”The back legs of a pantomime horse”( パントマイムの馬の後ろ足)という表現を使いますが、もう意味はおわかりですよね。とくにショービジネス界の文脈では「不快で屈辱的な仕事」を意味する言葉として使われます。観客からは見えないし、ずっと前かがみで前足役の動きに合わせなければならず、しかもつねに他人のお尻に顔を近づけていなければならない仕事……ようは、そういうことです。

The Panto Cow

今回のトピックスについて考えているときに、日本に来た当初に住んでいた吉祥寺で出会った旧友のことを思い出しました。溢れんばかりの才能を持つパントマイマー、ケッチです。当時、彼はサイレントコメディーデュオ「が~まるちょば」のメンバーで、ケッチは赤いモヒカン、相方のヒロポンは黄色いモヒカン頭でした。

ケッチは数年前にが~まるちょばを脱退し、現在はソロで活動しています。そして、こういうことはときどき起こるのですが、数日前、閉店間際の私の店に、なんとケッチが突然やってきたのです。もう何年も会っていなかったので、とても嬉しいサプライズでした。しかも、この絶妙なタイミング。驚くことなかれ、やっぱり彼は正真正銘のコメディアンなのです。私がケッチにこのニューズレータの話をすると、日本では、しゃべらずにパフォーマンスする彼の芸風をパントマイムと呼ぶのだと教えてくれました。

だから「お仕事は何をされているんですか?」と聞かれたら、ケッチはもちろん「パントマイム」と答えます。ところが、彼が以前ロンドンに住んでいたとき、同じ質問をされて同じように答えたところ、「えっ!? クリスマスの時期に働くだけで充分な収入になるの?」という返答が。

このときケッチは初めて、イギリスでの「パントマイム」の意味を知ったのだそう。イギリス人にとって、パントマイムはクリスマス限定なのです。

ケッチの作品と今後のスケジュールは、こちら→ https://linktr.ee/Ketchcomedy

また、素晴らしい英語のサイトも→ https://www.ketchcomedy.com/

コロナ禍でなかなか思うようにパフォーマンスを披露できないアーティストたち。私もできるだけ積極的に、才能豊かなパフォーマーをサポートしたいと思っています。みなさんもぜひ、ショーやワークショップを訪ねてみてください。まずはInstagramのフォローもいいですね。私たちを楽しませてくれるはずです♪

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