資産価値12億ポンドーコーンウォール公領のゆくえ

エリザベス女王のご逝去にともない、イギリスでは当然ながらさまざまな変化が起こります。公共の場や暮らしの中にある女王の名前やイメージ、肖像などを解き放っていくためには、ある程度の時間がかかるでしょう。コインや紙幣、国旗、切手など、女王のイメージや公式イニシャル(Elizabeth ReginaやElizzabeth II Reginaを表す「ER」と「EIIR」)は、今後数か月もしくは数年かけて、チャールズ王のイメージやシンボルに置き換えられていくことになります。

The Royal Mail probably will not remove any post boxes with EIIR

女王の死後、さっそく大きな変化もありました。前皇太子がチャールズ3世として王位を継承すると同時に、その息子であるウィリアム王子はただちに新皇太子となり、第25代コーンウォール公の爵位を譲り受けました。つまりウィリアム王子は、2022年3月末時点で10億ポンド(166,497,400,000円)以上の価値があるとされるコーンウォール公領を受け継ぐことになったわけです。

コーンウォール公領は、21歳で相続したチャールズにとって、半世紀以上にわたって収入源となってきました。52,000ヘクタール以上の土地を所有しているためで、イングランド最大の地主のひとりとも言えます。

この公領は1337年、エドワード3世が息子であるエドワード黒太子への個人的な寄金として創設しました。それ以来、公領の土地と収入は王位継承者に帰属することになっていますーー現在のウィリアムがそうです。

コーンウォール公領はイングランドとウェールズの20の郡にまたがる土地を所有していますが、その大部分はコーンウォール州ではありません。

多くは農地ですが、住宅や商業施設、森林、河川、海岸線、また、かつて錫や銅などの鉱物採掘に使われていたダートムーア国立公園が約3分の1含まれています。所有地のひとつにはロンドン南部のケニントンにあるオーバル・クリケット場があり、1874以来、サリー群のクリケット・クラブが借りています。

もうひとつの珍しいのは、ダートムーア刑務所。プリンストタウンの近く、ダートムーアの高台にある極めて孤立した立地です。もともとはナポレオン戦争でのフランス人捕虜を収容するために1800年代初頭に建てられましたが、1850年にイギリスの囚人を収容するために改築されました。

Quite a grim looking structure!

コーンウォール公領は、実質的には資産のコレクションですが、実際はチャールズが支配していたため、彼が情熱を注ぐ問題を象徴しています。これらの財産には、彼自身の個人的な哲学が反映され、彼が抱くイギリス像を再現しているとも言えるでしょう。それはときに、時代を先取りするものであったため、多くの批判を受けました。おもな批判は、君主になる者には関係のないはずの政治的・社会的問題に干渉しすぎている、というものでした。

チャールズは、「サステナブル」「オーガニック」「グラスフェッド」という言葉が流行るずっと以前から環境保護活動に取り組んできました。じつのところ、イギリス国民の多くは当初、彼の環境に対する情熱を「変わり者」と見ていました。彼は植物と対話をする変わり者で、多くの人の目には奇異に映ったのです。しかし、彼は環境破壊や世界の自然生息地の破壊、炭素などの問題について、今のように注目される以前から、深い関心を寄せていました。実際、彼が公領からホームファームの1100エーカーの農地を借り受けて家主と借り主の関係になり、有機農業に転換したのが35年前のこと。ホームファームは、有機農法による持続可能な農業のメリットを示す旗印となって成功し、サステナブルな農場となったのです。

長年にわたるキング・チャールズのもうひとつの情熱は、建築と都市開発でした。トラファルガー広場にあるナショナル・ギャラリーの拡張計画に対して、怒りを露わにしたのは有名な話。1984年、ハンプトンコート宮殿でおこなわれた王立英国建築家協会(RIBA)の150周年記念式典でのことです。チャールズは、インド人建築家チャールズ・コレアに王立建築金賞を授与するために招待されていました。期待されていたのは受賞者にシャンパンのグラスを掲げることぐらいでしたが、チャールズの対応はまったく違いました。王立英国建築家協会のあらゆる面を批判する絶好の機会を得たのです。その極めつけが、アーレンズ・バートン・コラレックが設計したナショナル・ギャラリーの拡張計画案を”monstrous carbuncle(ぞっとするような吹き出物”)と表現したことでした。のちに、このプランは中止されます。

*この後、175周年記念式典において、チャールズは自分の25年前の発言について謝罪しています。

コーンウォール公領の所有地で、チャールズは新しい町をふたつ建設し、都市計画のビジョンを示しました。ドーセット州のパウンドベリーとコーンウォール州のナンズリーダンです。彼が目指したのは、誰もが仕事をみつけられ、貧しい者も富める者も並んで住むことができ、車よりも歩行者に重きが置かれた新しいコミュニティでした。どちらの開発地も衛生管理が行き届きすぎていて、まるでディズニーのテーマパークのようだと批判されましたが、実際には物件の売れ足も早く、住民もその生活環境を楽しんでいるようです。

パウンドベリーは、ドーセットの郡庁所在地ドーチェスターの市街拡張の一貫で、チャールズの著書“A Vision of Britain”で提唱される都市計画の原則に従って設計されました。 中産階級のゲットーと批評されることもあるものの、3分の1以上の住戸がアフォーダブル・ハウジング(住宅費負担が収入の約30%以下となる価格で供給される住宅)として認定され、その大半は慈善信託が所有して低所得の人々に貸し出す社会住宅(公営住宅)です。同じくナンズリーダンの住宅も約30%がアフォーダブル・ハウジング。住宅や土地の価格が高騰し、地元の人々が不動産市場から締め出されつつあるコーンウォール地域においては、とても重要だと言えるでしょう。

これらの新しいコミュニティが成功したと言えるか否かは時間が経たないとわかりませんが、このような開発の背景にあるチャールズの動機は、評価できるものだと思います。

では、この先はどうなるのでしょう。新皇太子ウィリアムは、コーンウォール公領の地所とそれらが生み出す収入を一手に握っています(ちなみに2021年~2022年、チャールズの地所からの収入は2300万ポンド)。 父親と同じ方向性を貫くのか、それとも個人的な利益を優先させるのかなど、注目が集まるところです。ウィリアムは環境問題に強い関心を示していて、2020年にデイヴィッド・アッテンボロー卿と共同で、環境保護への貢献度に応じて毎年5名に100万ポンドの助成金を与える「アースショット賞」を立ち上げています。

近年は王室に対して、その広大な敷地における環境保全の実践が充分でないという批判の声も高まっています。イギリス国民の多くが、王室には、たとえば土地の一部を再野生化したりすることで、気候変動に真剣に取り組もうという強いメッセージを発信する機会があると考えています。個人的には、新皇太子がこのような呼びかけに応えてくれることを願っています。

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