クラシックなイギリスの村 – ノースサマーセット州リントン

先日、母の80歳の誕生日を祝うためにイギリスに帰省してきました。実家でラム肉のローストランチをたっぷり食べたので、運動もかねて地元のヴィレッジ(村)に散歩に出かけることにしました。

私が高校を卒業したあと、両親はブリストルの中心部からリントンという村の郊外にある田舎の家に引っ越しました。都会で育った私にとって、田舎への引っ越しはちょっとした衝撃でした。私自身は法学部の学生としてマンチェスターに住んでいたので、大学の休暇中に帰って滞在するぐらいでしたが、それでも辺境に置き去りにされたような気がして、少し動揺したのを覚えています。

一方、当時の私が学生生活を送っていたマンチェスターは、イギリスの現代カルチャーの中心地でもありました。

マンチェスターは、1980年代のポップカルチャー、とくに音楽シーンにおいて重要な役割を果たした街。ここで、オルタナティブロックやアシッドハウス、ダンスカルチャー、サイケデリア、1960年代のポップなど、さまざまな分野を融合させた独自のジャンル「マッドチェスター Madchester」が生まれました。80年代のマンチェスターは、まさに音楽シーンの最前線でした。

1983年にマンチェスターで結成され、1989年にデビューアルバムをリリースしたザ・ストーン・ローゼズをご存じですか? サイケデリック・ロックとダンス・ミュージックの要素を融合させた音楽で、キャッチーなメロディーと社会性の高い歌詞は、当時マンチェスター・サウンドを定義するのに貢献しました。

そして、もうひとつ忘れてはいけないのが、当時のクラブシーン。イギリスのダンスミュージックの源です。週末になると、ロンドンに引っ越した旧友たちがマンチェスターにやってきて、クラブを巡ったものです。1982年にファクトリーレコードのトニー・ウィルソンがオープンしたナイトクラブ「ハシエンダ」は、バンド「ニュー・オーダー」が資金提供したことでも有名ですが、当時まさに生まれつつあった新しいダンスミュージックカルチャーに多いに貢献しました。このクラブは、1990年代を代表するサウンドとなったアシッド・ハウス・ミュージックの展開にも密接にかかわっています。

ともあれ、ニュー・オーダーの「Blue Monday」は今でも私の大好きな曲のひとつ。1983年にリリースされた曲ですから、ちょうど40周年! 信じられないですね。

さて、当時の私はそんなマンチェスターに住んでいたわけですから、休暇とはいえ田舎の村で何週間も過ごせるのかとても不安でした。おそらく実家に戻ってからの数日、両親からすれば私はかなり迷惑なオーラを醸し出していたことでしょう。けれども実際に過ごしてみると、私の先入観とはまったく違いました。どうやら、都会のごみごみした環境と同じぐらい、私は田舎暮らしも平気なようでした。きっと、両親ともにデヴォンの深い田舎で育ったわけですし、遺伝子にも刻まれているのでしょう。私自身、幼い頃は父の実家の酪農場で、祖父母や叔父と一緒に休日を過ごすのが好きでしたしね。もちろん、牧場の犬のボンゾも。都会の喧騒から離れ、田舎の穏やかな自然の音に耳を傾けるのは心地よい時間でした。犬と散歩し、近所のパブでサンドイッチランチを食べてビールを1杯。そして父の菜園を手伝って、母と食料品の買い出しへ。 法律の勉強をする時間もたっぷりありました。じつは昨年、実家に帰った際、昔使っていた寝室で大学時代のノートを見つけたのですが、悩んだ末に捨てることにしました。1980年代後半の契約書の書き方が記されたメモが、今のパイ作り生活の役に立つとは思えませんよね!?

今回の帰省でリントンのヴィレッジを歩きながら、ふと気づいたことがありました。学生の頃、実家で過ごすのが楽しかったのは、両親が望んでいた新しい田舎暮らしの一員になれたような気がしたからだったのだなと。また、村は歩いてすぐのところにあり、当初思い描いていたような田舎の孤立感はありませんでした。生活に必要なものはすべて揃っていて、住民がコミュニティの一員だと実感できる雰囲気がありました。

では「ヴィレッジ(村)」とはいったい何でしょうか? 「ヴィレッジ(村)」の定義ははっきりしていないのですが、一般的には町(city)よりも小さくて村落(hamlet)よりも大きい、数百人〜数千人の小さな集落のことだとされています。この「ヴィレッジ(村)」に分類されるには、教会などの礼拝所と、村役場などの集会所の両方があることが必須。つまり村落にはどちらもないということです。現在、「町(town)」とはマーケットタウンと町議会のある集落のことで、都市(city)には分類されない大きな集落を指します。しかし、こうした分類には、じつは明確な定義がありません。

2021年に記録されたリントンの人口は2746人で、規模としては最上位。新しい住宅施設の建設も承認され、実際に人口も増加しています。近年は多くの職種で在宅勤務が可能になったこともあり、ヴィレッジライフの人気が高まっています。

ブリストル市から南西に約10マイル、海辺の町ウェストン・スーパー・メアから南東に約20マイルのところに位置するリントン。なだらかな田園地帯に囲まれ、メンディップ・ヒルズ自然美観地区内に位置しています。

リントン(Wrington)の歴史は古く、紀元前1000年頃にはすでに人が住んでいたと思われる痕跡が残っています。村には、14世紀に建てられたオール・セインツ教会(説教壇は17世紀のもの、ステンドグラスは19世紀のものだそう)をはじめ、歴史的建造物やランドマークが数多くあります。また、17世紀に建てられた旧マナーハウスの裁判所や、小説家ハンナ・モアが住んでいたジョージアン様式建築のオールド・レクトリーなど、注目すべき建物が多々あります。

現在のリントンには、ヴィレッジ商店が2軒、郵便局、パブ2軒、薬局、美容院、花屋・アートギャラリー、健康食品店、小学校など、さまざまな施設があり、活気あるコミュニティとなっています。

また、ヴィレッジでは数々のコミュニティイベントも催されます。毎週開催されるカントリーマーケットや年に1度のフラワーショー、そしてウィントン・ビアフェスティバルなどなど。残念ながら今回はタイミングが合わなかったのですが、ビアフェスティバルには地元の醸造所でつくられたビール24種類とシードル6種が出品されていたそうです。

なかでも興味深いのは、リントンを本拠地としたビール醸造所や高品質のシャルキュトリー(豚肉加工食品店)などの小規模企業。たとえば、Butcombe Brewery (https://butcombe.com/) は1978年に設立され、彼らの言葉を借りれば「ブリストル生まれのひときわ目立つButcombe Brewing Co.は、文化的、社会的、政治的変化の時代に誕生し、『クラフトビール』が存在する前からビールを作っていました」。現在のButcombeは、週に17万パイント以上のビールを製造する醸造所を運営し、イングランド南西部でパブやホテルチェーン展開する企業へと成長しています。

規模は小さいですが、Twisted Oak Brewery(https://www.twistedoakbrewery.co.uk/)は、かつて養豚場だった農場の小屋を利用したマイクロブリューワリー。オーナー3人で経営し、週に4500パイントほどのクラフトビールを製造しています。

もうひとつご紹介したいのが、8年前に地元リントン出身のAndyとJamesが立ち上げた食肉加工店Somerset Charcuterie(https://www.somersetcharcuterie.com/)。二人とも生ハムやサラミ作りに心酔していて、大好きな趣味をビジネスへと発展させ、大切に育ててきました。スペインやフランス、イタリアの伝統的な手法に則った生ハムやサラミ、チョリソー作りにいそしんでいます。現在では、週に2トンもの豚肉をはじめ、地元の野生の鹿肉や放し飼いの鴨肉、牧草牛、ラム肉なども扱っています。すべて手作業でつくられる商品は、食感や風味、見た目の細部にまで職人技が光ります。私が購入した薫製肉のミックスも、どれも本当においしかったです。

そんなわけで、イギリスのヴィレッジ(村)の暮らしをかいつまんでご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか? 今回あらためて、その魅力をご報告できて嬉しいです。母がリントンに住みつづけたいと望んだ理由が、今ではよくわかります。ヴォレッジの暮らしにある「コミュニティの一員である」という感覚が、その理由なんじゃないかなと思うんです。

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