イギリス人こだわりのマーマレード

This year’s natsumikan

イギリスにおいてマーマレードは、あのマーマイトのようなもので、好き嫌いがはっきり分かれる1品です。好きな人は、朝食のトーストに惜しげもなくたっぷり塗ります。伝統的なイギリスの朝食では、トーストは最後に食べるんです。これがまさに、幼かった頃の私の祖父母の記憶。彼らがカリカリと音を立てて食べるあいだ、正直いって兄と私は奮闘していました。子どもの私たちにとって、マーマレードはちょっと苦手。だから祖父母と同じようにカリカリ音を立てて食べることができませんでした。マーマレードの一番のファンといえばパディントンベアなのに、苦味のある味は子ども向けではありません。最近の調査では、イギリスでマーマレードを購入した人のうち28歳以下はわずか1%だったそうです。けれども、このパンデミックの影響で、家庭でのマーマレード作りも他の食品と同様に復活。瓶そのものの売り上げが20%も増加したのです。多くの人が自宅で仕事をするようになり、オフィスに向かう途中でCostaコーヒーとマフィンを手に取る人より、きちんとした朝食を自宅でとる人が増えてきているということです。

私がマーマレードの味を知ったのがいつだったかははっきり覚えていないのですが、自分で作るようになったのがいつだったかは覚えています。東京に来たばかりの頃、親友のマイケル(別名マジック・マイケル)が、1月から5月にかけて日本中の庭で見られる大きなビターオレンジ「夏みかん」の素晴らしい世界を紹介してくれたのです。そのまま食べるには苦すぎるのですが、ペクチンが豊富で、イギリスの伝統的なオレンジマーマレードによく似た素晴らしいマーマレードが作れます。マイケルは何年も前からマーマレードを作っていて、ベストな方法を教えてくれました。マーマレードの作り方にはいろいろありますが、マイケルのレシピは、透明感のあるゼリー部分と薄く切った皮が特徴で、夏みかんにぴったりでした。それからというもの、マイケルと私は毎年、世田谷の住宅街に出かけていって、実をつけた夏みかんの木を探すのが恒例行事になりました。持ち主に「夏みかんを少しください」とお願いして、そのお礼にマーマレードを差し入れするのです。ときたま「ダメ」と言われることもありましたが、たいていの人はおしゃべりに付き合いながら、夏みかんを分けてくれました。

当時の私はすでに、自宅でチャツネなどの保存食を作って友人にあげたりしていました。けれども夏みかんマーマレードの品質の高さに触発され、東京でイギリスの伝統的な保存食を作って売る機会が持てないだろうかと考えるようになりました。その結果として2013年、Swan & Lionがイギリスの食品ブランドとして誕生したのです。お客さまからは、商品のなかでどれが一番好きかとよく聞かれるのですが、答えるのは至難の業。どれも同じくらい大好きなんですね。それでも夏みかんマーマレードは、Swan & Lionを立ち上げるきっかけになった商品ですから、やはり特別な思いがあります。

今年から新たに、持田さんという小さな青果農家さんに果物を卸していただくことになりました。1本の木になる果実の量には毎年大きなばらつきがありますが、幸いなことに今年は豊作で、大きな箱2つ分の実が余裕でとれました。また、有機栽培のきれいなレモンも採れたので、マーマレードはもちろん、タルトなどの商品にも使います。キッチンは大忙し。ジャッファタルトやミンスパイ用のマーマレード、クリスマスプディング用に夏みかんやレモンの皮の砂糖漬けも作ります。ふだん道端に落ちている地味な夏みかんですが、私たちのキッチンにはたくさんの恵みを与えてくれます。

何年もかけて何千個というマーマレードを作っていますが、作るたびに少し不安になります。完璧な固さのゼリーを作りたいのですが、作るたびに少しずつ違って、翌日冷めてからでないと、本当にどうなっているかはわかりません。今週、母と話したところ、2022年のマーマレードはいつもより少し固いとのことでしたので、専門家であっても難しい作業なのでしょう。

イギリスマーマレードの歴史を簡単にご紹介:

オックスフォード英語辞典には、マーマレードはもともと「甘くて固形のカリンゼリーからなる保存食で、食用に四角くカットされたもの」とあります。このカリンペーストはマーマレード(ポルトガル語の「marmelo」-カリン)として知られ、スペインから輸入されました。16世紀には、オレンジの果肉を砂糖漬けにしたものも、皮の保存と同時に生地などの材料として使われるようになりました。1677年頃のMadam Eliza Cholmondeleyのレシピ本には、現在のマーマレードとも言える最古のレシピ(Marmelet of Oranges)が掲載されているそうです。

商品化されたマーマレードは、スコットランドのダンディーという都市のキーラー家が発祥だと言われます。商店を営んでいたジャネット・キーラー(Janet Keiller 1735年頃-1813年頃)が1762年にジョン・キーラー(John Keiller)と結婚したのち、さまざまなケーキやビスケット、ジャム、ゼリーなどのスイーツを販売したそうです。

キーラー・マーマレードの起源に関する言い伝えがあります。夫のジョン・キーラーがある日ダンディーの波止場にいたときのこと。嵐の被害を受けたスペイン船が、苦くて食べられないがために売るのが難しいセビリアオレンジを積み込もうとしているところに遭遇したという物語。ジャネットは、このオレンジを既存のカリンジャムのレシピで試してみようと考えました。オレンジマーマレードのレシピもすでに存在していましたが、ジャネットのレシピが他と違うのは、オレンジの皮のスライスが入っていることでした。

ジャネットの店では「チップマーマレード」として販売され、たちまち大評判となりました。1797年、キーラー家はダンディーに工場を設立し、息子のジェームズ・キーラーの名前でマーマレードを製造し、キーラーズ・マーマレードは最も有名なブランドとなりました。1800年代の終わりには、キーラーズ・マーマレードは大英帝国中に出荷され、ダンディーはマーマレードの本場として知られるようになったのです。

今でもイギリスのマーマレードは、毎年1月にスペイン・アンダルシア地方のセビリアから出荷される苦みの強いセビリアオレンジを使って作られています。

Seville Orange trees in front of Seville Cathedral

最後に、私の好きなソウルソングのひとつ、1975年のLaBelleによるLady Marmaladeをご紹介。この曲がリリースされた当時、私は10歳。フランス語の「voulez vous couchez avec mois, ce soir」の意味を知ってドキドキしたのを覚えています。

この曲はニューオリンズの娼婦レディ・マーマレードのことを歌っているのですが、歌っているパティ・ラベル本人は「何を歌っているのか知らなかった」と語っているそうです。私のフランス語レベルのほうがちょっぴり高かったのかもしれません。

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